今までの人生の中で、時折こんな疑問にぶつかったことがある。

「愛するとはどういうことか」

ということである。

人間関係と幸福は、密接に関係している。社会という共同体の中で生きる上で、より親密な人間関係を築き、より幸福に充実した生活するために、必要なものが「愛」なのではないかと感じたのだ。

だが、私は、、、

「学校や家庭、職場、友人、恋愛・・・生活の中の様々な人間関係の中で、本当に私は人を愛することができているのか。」

「心から人を信頼しているわけではなく、見返りを求め、『愛されるために』打算的に人と接しているだけなのではないか。」

「うわべだけで『愛』という言葉を使っていて、一時的にその言葉に酔っているだけなのではないか。」

「本来の私は人を愛することができない冷たい人間で、『愛』や『愛する』といった気持ちや言葉を、心のどこかで冷めた目で見ている自分がいるのではないか。」

そんなふうに思うことがあるのだ。
それらのことでかなり悩み、そこで本書と出会った。

 

〇 愛するということ(著/エーリッヒ・フロム)
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タイトルは「愛するということ」。

まさに私が知りたいことそのままだった。

愛するということについての理論を体系的に理解し、どうしたら心から人を愛することができるようになるのかというところを探求したかった。

読み進めていくうちに、このような文があった。

人は意識の上では、愛されないことを恐れているが、ほんとうは、無意識のなかで、愛することを恐れているのである。

この文を読んだ時、息が詰まったのをよく覚えている。
私は「愛することができない」のではなく、「愛する」ことを恐れ、自ら避けていたのだ。

私は、安全と安定を望み、危険から自分を守ろうとしていた。私は動かず、ただ私の殻の中にとどまっていただけなのだ。

人間関係で傷つきたくない、苦痛を味わいたくない。
でも愛されたい。

私は大きな矛盾を抱えていたことに、気付かされた。

そして、さらに著者は「愛する」ことのあるべき姿勢をこう述べている。

愛するということは、なんの保証もないのに行動を起こすことであり、こちらが愛せばきっと相手の心にも愛が生まれるだろうという希望に、全面的に自分をゆだねることである。

本書を読んで、一番よく分かったことといえば「愛するということの難しさ」に尽きる。
この文を読んでも、「愛するということ」が、とてつもなく高い高い壁に感じられる。

 

だが、そんな高い壁を私は認識し、自分から壁に手と足をかけ、登ろうとしている。

本書を読んで、「愛するということ」の本質を理解することはまだまだできていないだろうが、何か大きなものを得られたような気がした。

 

(文/ながっちゃん/学校教師)